ヨーロッパを旅行中、なるべく心掛けていたこと。
それは、現地の人とは現地語でコミュニケーションを取るということ。イギリスでは英語で、フランスではフランス語で、イタリアではイタリア語で、ドイツではドイツ語で。
ヨーロッパではだいたい英語が通じるのだろうけど、せっかくその国に行くなら、そこに住んでいる人が使う言葉を知りたい。
というか、「その国にいったなら、そこの言葉で話すのがやはり作法ではなかろうか?」と思い至り、そのためにやっぱり現地語で話すことは重要になってくるのではないかと考えたわけで。
お店に入るときに、ちょっとした挨拶をして現地の人と交流が出来たら楽しいし、もしかしたらそこで友だちができ、素敵な出会いもあるかもしれない。そうでなくても、現地語の理解が必要になってくる場面は多々あり・・・。
そんなわけで、今回、滞在先の国の参考書やフレーズ単語帳が載った本などを数冊持って行ったので、スーツケースの重さはかなりの量に・・・。もちろん私も旦那氏も、目標は「その国の言語だけで交流ができるようなレベルを目指す!」というのではなく、「挨拶や簡単な受け答えができればそれでいい」というライトなチャレンジ的なものだ。「THE 付け焼き刃的言語対応」である。
実際に、現地の人とそこの言葉で話してみて、「よかったな」と思ったエピソードがいくつかあった。
例えばフランスの郵便局で。
パリ滞在中に旅行で不要になった荷物を日本へ送るために、アパルトマン近くの郵便局で手続きをすることになったのだけど、対応して下さった郵便局員さんは、もちろんバリバリフランス語を話している。
その郵便局は、パリの中心部から若干離れていたため、観光客も少なく、英語対応はしていないスタッフさんは多いのだろう。私たちの拙いフランス語で日本に荷物を送りたい旨を伝えたら、すんなりと分かってもらえたみたい。事前にフレーズを調べて置いたのが功を奏したようで、なんとか無事に荷物を届けることができた。
またはイタリアで。
今回の旅行中、イタリアではフェルトレのラメンという小さな町の民泊にお世話になった。旦那氏が5年前にこちらにお世話になったことがあって、今回も泊まらせてもらい。そこでホストの方々と本当にたくさんの事を話したのだけれど、私と旦那氏はイタリア語のフレーズ帳を片手に、単語をつなぎ合わせてコミュニケーションを取っていた。「会話」というよりほとんど「単語のやり取り」に近かったのだけれど、それでも私たちがイタリア語でしゃべっていたことがとても喜ばれた。
同じ言葉を使って共感しあえるのは、とてもうれしかった。同じ言葉を話すことで、共有できる感情ってあるのかなと感じた。
そういえば、フィレンツェのパニーニ屋さんでオーダーした時のこと。
他の観光客が英語で注文する中、私は間に合わせで覚えたイタリア語の言葉を使って、試しにパニーニを注文してみたのであった。
「この発音でいいのだろうか?」「日本人のくせにイタリア語を話している(笑)とか思われないだろうか?」などとアレコレ考えてしまい、けっこう恥ずかしかったのだけれど。勇気を振り絞ってチャレンジしてみたのだった。
すると、私が注文した後、そのオーダーを受けたおっちゃん店員は、隣にいた店員とイタリア語でなにやら笑いながら話しかけていた。すると、おまけで私のパニーニだけ、サイズを大きくしてくれたのだった。なんと気前のいいこと!
何を話していたのか分からなかったのだけれど、アジアからの観光客で、イタリア語で注文する人は珍しかったのかもしれない。もしかしたら、喜んでくれていたのかもしれない。
なんとなくそんな気がした。
まとめ
そんな感じで、付け焼き刃的に覚えた言葉でも、結果的にはコミュニケーションが広がり、充実した旅行が経験できた。
簡単な言葉でも、自分が伝えたいことはちゃんと伝わるのだなと思ったし、話しかけてみたら親切な人もけっこういる、なんてこともあり、自分の中の経験値が少し上がったような気がした。
もちろん言葉のアクセントや発音は、現地の人が話すそれには遠く及ばないし、実は意味のニュアンスも微妙に間違っていることはあるのかもしれないけれど。
それでも、その国の言語や文化、そこに住む人の考え方を知ろうとすることって大事だな、と感じたのだった。

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